──401号室と呼ばれるその部屋では、ちょっと変わった犬と猫が、仲良く暮らしている。
犬の名は久保田。そして、猫の名は時任。
彼らの様子を少しばかりのぞいて見ると……どうやら久保田は只今、昼食を作ろうとしているらしい。
『午睡のススメ』
さて、本日のお昼は、時任言う所の「正しい」カレー。
何が正しいのかの説明は後に回すことにして──何しろ冷蔵庫開けたままだしね。必要な物を取り出したら、さっさと扉を閉めなきゃ冷気が逃げちゃうし…………んー? 肉、どこに仕舞ったっけ……?
首をひねり、ぷかあ、と銜えた煙草の煙を吐き出す。
結局、散々冷気を逃がしまくった後、俺は材料を揃える事に成功した。いやいや、そう言えば、昨日は買い物した後、時任に入れてもらったんでした。──明日すぐに使うから肉は冷凍庫じゃなくていいって、俺、言ったはずなんですケド?
内心でツッコミを入れつつ、俺の手は慣れた感じで野菜の皮を剥いている。無意識でも出来るぐらい繰り返した工程だったりするソレは、自分で言うのもなんだけど、ま、鮮やかなもんだね。
同居人ならぬ同居猫である時任は、今、ソファの上で昼寝真っ最中だったりする。朝食の後、すぐにテレビをつけ、ゲームに勤しみだしたけど、数時間で飽きたらしい。キッチンを漁り、「お昼が入らなくなるよ」との俺の忠告を右から左に聞き流しつつ、お魚ポテチとクッキーとミルクの酒池肉林を堪能した後、おもむろにアクビを一つ、した……かと思うと、そのままコテンと丸くなってしまった。そして今に至る。……ところでこいつって、育って緑になる前の猫柳に似てると思うんだけど。毛色といい、丸みを帯びた姿形といい、思わず撫でたくなるその滑らかな手触りといい。
──食べてすぐ寝ると牛になっちゃうよ時任君? と、苦言を呈してみたりしたが、にゃんこはうにゃうにゃと宇宙語っぽい寝言で俺の小さな親切に返信してきた。あいにく俺には一部の地球語しか解読できないが、多分、「大きなお世話だ」とでも言ったに違いない。それもまたむべなるかな。俺はキッチンから時任の居る居間へと視線を走らせ、苦笑を零した。ガラス越しに差し込む初夏の眩しい日差しは、薄手のカーテンに柔らかく弱められ、今も、程よい温もりで時任を包んでいることだろう。
「……まさしく、絶好の昼寝日和……?」
呟きつつ、鍋に油を引き、切った肉を放り込む。ついでに長くなった煙草の灰を三角コーナーのゴミ入れに落とした。料理中ぐらい止めようかなー、と思わないでもないんだけど、止められないんだわ、コレが。で、肉に火が通ったら、次は大量の玉ねぎ。飴色になるまで根気良く炒めるのが味の決め手。これこそ「正しい」カレー。
……時任を拾った時、どうにか元気になった彼との初めてのまともな食事の際、俺はちょっとしたイタズラをした。今でも良く憶えている。時任は出されたカレーを一口含み──なんとゆーか、とてもオモシロイ、顔をした。
「……ナニ、これ」
「見てのとおり、カレーだけど?」
「マジ? マジで!? つーか見かけはカレーだけどでもこれ、ナンか味違うぞ普通と!」
「ああ……玉ねぎ、入ってないし」
「入れろよッ」
「だって俺、犬属性っしょ?」
「?」
「中毒起こしちゃうから、犬は玉ねぎダメなのよ、体質的に」
「……へえ、そっか…………じゃ、仕方ねェよな……」
俺のサラリとした説明に時任は眼を瞬くと、こくりと頷き、そう呟いた。正直もっと駄々をこねるだろうと予想していた俺はその素直さに一瞬虚を衝かれ、結果、今のは冗談だと言い出すきっかけを失った。確かに俺は、属性は犬だけど、犬そのものともまた違うので、純粋な好き嫌い以外、食べ物に禁忌は無い。
「猫属性≠猫そのもの」である時任が、それこそ玉ねぎOKなのと同じ理屈。猫ならNGな味の濃いモノもチョコレートも、お前、大好きデショ?
ま、とにかくそういうワケで、約一週間、「不味い……コクがねえ……」と泣きながらも時任は、久保田さん特製「正しくない」カレーを食べ続ける破目になった。御愁傷様。そして当然のことながら、俺も以下同文。自業自得。
……後でばれて、がっつり起こられマシタ。カレーはもう嫌だと言われて、うっかり親子丼(主材料は、卵・鶏肉・玉ねぎ・三つ葉少々)を作ったのが敗因。や、卵が余ってたし、丁度。
玉ねぎを炒めながら以前の出来事を回想していた俺は、何故か「そーいや昨日、卵買うの忘れたなあ」と今になって唐突に思い出したりする。鍋にニンジン、ジャガイモ、残りの野菜を入れて。具が浸るぐらいお湯を入れて。……あー、ナルホド、卵つながりで連想したワケやね。そう言えば、卵関連で、時任と口論……みたいなモノを、したこと、あったっけ。
前に、俺が今みたいに食事を作ってたら、珍しくそれを見ていた時任が、自分はあまり料理をした事が無い、と言い出した。それが、どこか、することが無くて──退屈そうに、聞こえたから。だから俺は、時任に、卵割りを手伝ってもらうことにした。そしてすぐに後悔した。力加減を誤り殻を入れてしまった卵に落胆したせいではなく、自分が失敗したと気付いた瞬間、時任が、悔しそうに唇を噛んだから。
「ゴメン、時任」
初心者には生卵ではなく、ゆで卵の殻剥きから始めるべきだったかも。そんな事を考えつつ、思わずそう声をかけ──今度は俺が失敗した事に、自分で気付いた。違う。今のは違う。
「……俺が失敗したのに、なんで久保ちゃんが謝るワケ?」
腹立たしげに睨み付けてくる時任、お前が正しい。今のは、お前を見くびった物言いだった。殻が入ったのなら、それを事前に予測し避けるべきだったと俺が自分を責めるのではなく、まず、次に時任がどうすればいいのかを指示すべきだった。多少面倒くさいけど、殻なんて、箸でも使って掬い取ればそれで良いんだし。初心者が失敗するのは別に悪い事なんかじゃなくて、でも、教える手間を省こうとするのは、怠惰でしかない。
「……ゴメン、時任」
首と一緒に尻尾がうなだれる。
することが無くて、退屈そうだったから。──独りすることが無くて、俺が料理に掛かりきりで、退屈だったから。
だからお前は、俺に関わろうとしていたのに、俺はそれをうっかり切り捨てる所だった。だから、ゴメンね?
……そういう事を伝えたいのに、俺の口から出てきた言葉は、時任を怒らせた先程のセリフと、すっかり同じものだった。ああ、耳までぺたんとへたりそう。
──なのに、時任が。へこむ俺に、時任が、向けてくれた、笑顔といったら……!
「今のゴメンはちゃんと判って言ってるからいいよ。……久保ちゃん、次は俺、何やればいい?」
太陽にも満開の向日葵にも譬えられやしない。そんなんじゃ足りない。もっと綺麗でもっと温かくてもっと、もっと。──俺の知ってる一番綺麗なものってなんだっけ? いやそれって時任だし。じゃあ譬えようが無くてむしろ正解?
そうして俺達は色々失敗しながら一緒に料理を作った。今でも時々、気が向くと時任は手伝ってくれる──今日は、寝てるケド。俺はルゥを割り入れつつ、また、居間の方を見遣った。やっぱり時任は、まだ、眠りの世界をつつがなく旅行中の模様。……そろそろ帰ってこないかな。カレーもあと少しで出来そうだし、そうするとすること無くて──久保ちゃん独りで暇なんです、時任君。
そう言えば、玉ねぎの嘘がばれた後、数日の間、時任は怒って口を利いてくれなかった。……うん。二匹で居るのに独りなんて、暇で退屈で──淋しくて、仕方が無い。
故に俺は、しばし、沈思黙考。
手に指令──コンロと煙草の火を消しましょう。
頬に命令──ここで緩むのはちょっとみっともないデショ?
足に伝令──ソファに向けていざ往かん。
ついでに、尻尾に号令──右に左にいいからもう揺れてなさい。
だって……ねえ? 二匹で居るのに、独りだなんて。
† † †
──さて、401号室と呼ばれるその部屋では、ちょっと変わった犬と猫が……只今、仲良く一緒に、お昼寝中。
了 〜〜おやすみなさい〜〜
大好きなkouma様と、愛すべきkoumaさん宅の犬猫達へ。にゃんこの日、万歳(笑)!!
蓮水朋様
当サイトの犬猫達をモデルに書いて下さったお話ですッ!(感激の嵐々…ッ)
二匹の過ごす穏やかな時間垣間見せて頂き、耽る犬も眠る猫も本当に幸せそうでッ!!
失敗重ねながら、ココで一生懸命生きる二匹の姿がとても愛おしくッ!!
感情で動く尻尾や耳の動きなんかも本当に可愛くてッッ!!
言葉にならない程の幸せな気分になりましたッッ!!!
蓮水様、素敵なお話を書いて下さり本当にどうもありがとうございました〜〜っ!!!